各スレッド内で見つけたキラリ光る言葉集。  小説家さん(私が勝手に命名)の作品はこちら。
 
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557 :本当にあった怖い名無し[sage]:2009/06/02(火) 03:17:02 ID:v7GTNvyV0
>>553 
理解すること = 暫定的な物事の把握・材料 
信じること = 暫定的な居場所・立ち位置 
 
だと思うよ。 
「絶対・真実」というものは無いと思うよ。 
自分にとってもっともそれに近いのは今目に見えてる前方の世界だけだよ。 
それでさえ真実じゃない。 
どこの誰が発信したかも分からない、自分が見た事も無い事柄を元に組み上げた理論や推論も真実とは程遠い。 
自分を軸に真実を目指すのが正解に近いよ。 
疑問があったら自分に聞いて。 
物質の次元にいる肉体の君と、精神の次元にいる精神の君。 
精神の君はより深く強くイデアとつながってるから肉体の君より多くを知ってる。 
その人と対話する方法をまず目指すべき。 
その人は生まれてからこれまで君の側を離れた事は無いし、これからも離れる事は無い。
 
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281 :さんた[]:2009/06/29(月) 23:01:19 ID:wdkOXxjx0
なんか建設的な話がたくさん聞けて嬉しいよ。 
そういえば最近ウチの嫁さんがずいぶんと丸くなった。 
以前は自分の正しさを人に押し付けるクセがあって 
自分も含めて回りの関係者とよく揉めていた。 
そして少しでも相手の非を見つけると声高に正義を 
振りかざす。いわゆる「白の暴力」というやつだ。 
精神世界にどっぷりはまっていた僕はその様子を見て 
「いまだにそんな感情に振りまわされているのか。 
進歩のないやつだ。」などと優越感に浸っていた。 
しかし... 
変化すべきは嫁さんではなくこの僕なのだった。 
よくよく自己の内面を見てみると嫁さんに対しては 
いつもその「優越感」で接していたことに気が付いた。 
嫁さんから見れば僕は「スピリチュアルの正義」を 
振りかざす白の暴力者だったのである。 
 ここに気が付いたときに問題は解決していたようだ。 
が、それが解決済みであることに気が付いたのはかなり 
後のことだった。なぜならその解決策とは「白の暴力」をも 
受け入れて自分の中で問題視しないことだったから。 
自分の中で一瞬にして問題が消え去り、しばらくしてから 
彼女の現実面での問題が消滅したいったようだ。問題視して 
いないので気付くのが遅れたというわけだ。 
ここの皆の建設的な話に触発されて思い出した。 
これからもこのスレでどんどん気付きの連鎖が起きていくような気がする。
 
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132 :末裔:2009/07/16(木) 10:09:12 ID:q7G3jvoJ0
 
打ち倒すべき竜王の住む場所が目の前にあった 
 
捜し求める青い鳥も実は目の前にいた 
 
竜王と青い鳥が同じ顔でこちらをみつめる 
 
そんなことを思いながら 
 
鏡をみつめてまた家を出る 
 
133 :末裔:2009/07/16(木) 10:22:20 ID:q7G3jvoJ0
 
求心力というちからは 
 
光と闇のあいだに立つ者 
 
右と左のあいだに立つ者 
 
金持ちと乞食のあいだに立つ者に 
 
与えられる
 
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911 :本当にあった怖い名無し:2009/08/30(日) 02:26:49 ID:/LNsRCpN0
「貴方は自分を偉大だとお思いですか?」 すると、彼は笑みを浮かべてこう答えた。 
 
「友よ、高いものも低いものもないのだ。小さな虫とて、偉人と呼ばれている人間ほど尊い。 
帝国の誕生と崩壊、宇宙の創造と終滅の混乱さえ、煮え立つやかんの湯とさして変わらぬ。 
全ては相対的なものなのだ。移ろいゆくものと永遠なるものがあるのみ。 
6,000年もすればどんなに偉大な人間の骨も残らぬ。その記憶さえ遺されてはいない。 
全ては相対的なのだ。わしは空の鳥や地を這う毛虫ほどにも偉大ではない。 
未来永劫に続くものは生命のみ。形はまったく取るに足らぬものじゃ」 
 
この人達は尊敬されたくないと思っているのに尊敬されている。彼等は子供のような心をもっている。 
つまり、子供のように純真なのだ。彼等は霊的に高まろうとする人間の行手にある 
最も忌むべき落とし穴━霊的傲慢さ━に陥っていないようにみえる。 
彼等は霊的な地位や名誉を少しでも求めることなく、ひたすら人類への慎ましき仕え手に甘んじているのである。 
 
『チベット 永遠の書』 P.114〜115
 
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143 :本当にあった怖い名無し:2009/12/16(水) 00:10:15 ID:XVrWrV9C0
>>薺 
お前は下手クソだ。 
また、他から何かを得るのも下手だ。 
どちらかというと他との関わって深めるより閉じた世界で追求する方が向いているだろう。 
 
智慧は言葉ではなく思念で得る。 
思念とは究極と呼んで差し支えないレベルで情報を圧縮したものであり、1億の文字・言葉は一粒の思念となる。 
言葉は思念を可視化したものであり、思念の一部でしかない。 
思念というものが本質であり、それをバラバラのピースにしたものが言葉だ。 
受け手はその言葉のピースを組み立てて思念の本質を理解しようとする。 
思念を解読するためには、それを受け入れるだけの価値観が必要であり、 
人に伝えるためには、それを伝えるだけの語彙・表現力・想像力が必要である。 
 
 
個は膜で覆われ、個と個はケーブルによってつながれる。 
我々人間にとってのケーブルとは「空」であり、そのケーブルを流れる情報は音や光だ。 
この世は人間・物質を含め、連鎖連鎖連鎖連鎖連鎖連鎖連鎖連鎖連鎖に満ちている。 
またはXYXYXYXYXYXYXYXYXYXYXYでもいいだろう。 
 
 
誰しもこの思念を受けているが、その思念を解読する作業がある。 
それを担うのが脳であるが、お前の場合は解読が下手すぎる。 
それは思念に限らず、文字の解読すらできていない。 
この文字羅列は批判か?啓発か? 
お前の中で俺が「敵」ならば批判になるだろう。 
俺が「一部」ならば啓発となる。 
 
146 :本当にあった怖い名無し:2009/12/16(水) 00:38:58 ID:XVrWrV9C0
>>薺 
俺は深い山中に一人で暮らしている。 
無数の虫に悩まされ、何百もの虫を殺した。 
しかし、ある時点に置いてふと気付く。 
何千、何万、何十万、山にいる無数の虫、これからも生まれ増え続ける虫と戦い続けるのかと。 
よって、戦うよりも抱きしめる事を選択した。 
臭いが嫌なら臭いをかぎ、触れるのが嫌なら触れ、口に入るのが嫌なら口に入れる。 
それらを全て克服した時、無数の敵は一瞬で消え去り、虫は俺を苦しめる事は無くなった。 
虫の存在は「敵」ではなく、「隣人」となる。 
虫を殺す事は「獲得」ではなく、「喪失」となる。 
 
他と口論、議論を続けるの薺という存在は「愛」の本質に触れていない。 
お前を論外と断ずるにはそれなりの理由がある。 
 
我々とつながる集合的存在(神でも良い)はいつも筋力トレーニングをする。 
自分の一部を否定し、痛めつける事で成長を促す。 
お前は痛む事を恐れるから成長しない。 
成長する伸び代を残しているから「痛む機会」を与えられている。 
「痛む」以上、自分は未熟だと思うべし。 
魂は完成に近づくほど「痛む機会」を喪失する。 
なぜなら自分を痛める敵がいなくなるからだ。 
敵のいない世界とは、即ち天国である。 
また、何か拾ったり見えたりする人もいるだろう。
 
149 :本当にあった怖い名無し:2009/12/16(水) 01:00:46 ID:XVrWrV9C0
物質の世界の我々は二元性の観念から逃れる事はできない。 
物質の世界にありながr二元性から完全脱却できるという考えは、精神に寄り過ぎたアンバランスな価値観だ。 
物質の世界は「2」、精神の世界は「1」によって表す事ができる。 
 
【物質の世界】 
二つの目で見る 
「個」と「他」がある 
善・悪、生・死、男・女、二元性 
 
【精神の世界】 
夢を見る目は一つ(心眼) 
「個」のみ 
一元性 
 
大サービスで薺という論外のためにもう一度言っておくが、 
物質の世界に在る肉体を用いて「言葉」によってのみ意思疎通をする我々は二元性からは逃れる事ができない。 
俺は一方的に発するのみ。 
これを太陽モデルと呼ぶ。
 
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453 :たろすけ:2009/12/22(火) 01:38:41 ID:2Dt56wnFO
>>451 
自家にダルマストーブがないヤツは、ゴミ袋を隣家に放り投げる。これは悪。 
 
自家にダルマストーブがあるヤツは自家のはもちろん、放り込まれた他人のゴミまでも燃やしてやることができる。これが善。 
 
自家と隣家の垣根が低く、隣家のゴミ袋も自家のゴミ袋も特に分ける必要がない。これが真。
 
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239 :本当にあった怖い名無し:2010/01/13(水) 19:02:51 ID:fuJ/m0BW0
アセンションを成功させたいと思う気持ちも自己の欲求のあらわれだと思うので 
その時点でうまくいってるとはいえないんじゃないのかな 
素直にすべてを受け入れることが出来たらそれで良いんだと思う、成功も失敗もない
 
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802 :深海へと潜りゆくパンダ:2010/02/02(火) 06:47:16 ID:E9coSPQE0
>>795 
唯識は自分にもしっくりくる。結局認識する『主体』と認識される『対象』は、 
同じものでもないけど、異なるものでもない。二つを別々に分けて考える事はできない。 
つまりあなたが挙げた比喩である『色んな信号』と『受信機』は別々に考えることができない。 
 
>何か信号を受け取っても、何か雑言を聞いても、 
>それほど影響されない人も居れば、発信者以上に振れを起こす人も居る。 
 
これが自分には不思議でしょうがない。 
例えばニュートンは木からリンゴが落ちるのを見て、万有引力の法則を『発見』した訳だけれど、 
『木からリンゴが落ちる』現象自体は万人にとって公平に存在する(はずだ)。 
ただニュートンの心だけが、その現象からその先の『意味』を読み取った。 
 
そしてその法則を『発見した』ということは、『元々存在していた』ということだよね。 
それをニュートンがたまたま発見した。では万有引力の法則は元々『何処に』あったか。 
 
科学は『自然』と答えるかもしれない。だけど自分の答えは『心』だ。 
個人の内ではなく、むしろ個人を内包する『普遍的な心』だ。時空を超えて存在する心だ。 
 
『心』には元々全てが潜んでいて、それを思い出していくだけ。 
そして『全ての意味』を『心』は内包している(これは>>694さんが言うところにも通じるものがある)。 
人が二千年前の書物の『意味』を理解できるのもその為だと思う。 
 
ここまで進むと、自分は畏敬の念を覚える。 
錯覚かもしれないが、まるでキリストの言う『神の国』を垣間見たような気がする。
 
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578 :本当にあった怖い名無し[sage]:2009/06/08(月) 23:02:31 ID:FHgPq9000
いい感じにゆらぎが集まってきたね。ここに神殿を建てるか。 
 
>>556 557 
冬至は寒いから遠慮しとくw 
そういう星回りがあるんですね。 
前回のポイントは西洋から個人主義が輸入され、日本が大きく父性へと傾いていくきっかけかな。 
したらば次のポイントは親父を子供たちが超えていく時代のきっかけであると期待したい。 
 
アイシテルが始まりなら、再び出会うときに終わりとなる言葉かもね。 
 
>>561 
果たして僕の見ているりんごとあなたの見ているりんごは本当に同じものだろうか? 
というのがクオリア問題。 
結局僕らの知っている”りんご”というのは、 
人が持ちうる観念をあれこれ組み合わせながら、かろうじて共有できている記号にすぎない。 
僕は僕のりんごの味を知ってるけれど、あなたのりんごの味は知る由もない。 
けれどもおいしいという喜びは一緒だね。 
 
>>567 
>手の平の上 
大いなる意思の呼び名はさまざまだね、 
神の見えざる手、共時性、縁起、内在秩序エトセトラ 
僕らは同じ大河の流れにあることを自覚しつつある。 
 
なんかお勧め曲を出さなきゃいけない雰囲気なので、手嶌葵『恋唄』 
http://www.nicovideo.jp/watch/sm4250645
 
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379 :本当にあった怖い名無し[sage]:2009/05/22(金) 00:26:51 ID:bYzVhdJAO
>>367 
同意見だと云いたかったのだが、こちらこそ誤解させたようだ 
また傲慢もあなたのことではなく、一般的にそんな人がいると 
 
肉体意識は本能的な部分であり、ここが主体として働くと自分を守ろうとする意識が強くなる 
これを低位の自我とすると 
本能的な欲求に支配されない意識の主体となりうる高位の自我というものがある 
高位の自我が働き始めると、自分が世界よりも先行しているという感覚になり、 
自分が繋がる世界に対して責任感のようなものが湧いてくる 
無限に広がるかのような認識と思考により自分と世界が一体であることを示され 
低位の自我の働きは意味をなさず、高位の自我の働きは世界へと反映され 
個々人の働きの間に矛盾はなく、そのすべての働きがひとつの調和へと還元されていく 
全であり個、個であり全である世界 
 
自分が世界の中心であり、世界が自分であるという感覚 
たぶんこの感覚は肉体が無ければ得られんだろう 
アセンションは高位の自我と肉体との融合によって成されるのではないか 
 
もう寝る また明日w 
 
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544 :有間:2010/02/02(火) 01:08:05 ID:WJRAy2L80
とても小さい、人間たちより遥かに小さい生物がいました。 
顕微鏡でもぎりぎり見えるか見えないかの大きさなのです。 
たまたま高性能の顕微鏡で見てたから発見できたものたちなのです。 
そしてその中に知性を持ってる生物がいました。 
小さいけどそれらの生物は知性を持っていたのです。 人間みたいな知性をね。 
その生物は人間より小さいから、人間より早く進歩するのです。 知性があるから進歩するのね。 
そのうち文明っぽいものを築き始めるのです。 
それで、そのうちこの小さい生物たちがうちら人間に気づいて攻めてくるんじゃないかと思って、 
怖くなってそれらを消しちゃったの。 
ほんとは危険ぎりぎりまで観察したかったんだけど、危なくなったら消せるストッパーみたいなものが無いから 
消しちゃったの。 ストッパーみたいなものがあればよかったんだけど。 
 
話し変わるかもだけどうちら人類もすごい望遠鏡を作ってるみたいなの。 
望遠鏡って言っても今は見て観測するんじゃなくて電波を使うらしいのですけど。 
もう動いてるみたいなのだけど完成はもう少し先みたいで、もちろん完成後のほうが観測精度がすごいみたいです。 
完成後はどんなものを発見できますかねぇ。
 
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932 :本当にあった怖い名無し:2008/08/29(金) 12:03:59 ID:1FC+EW660
否定したくなる相手は自分が作り出したって事実を 
心底認めてる人ってまだちょいと少ないよね 
 
殆どの人はアセンション目指して意識を上げたり広げてるつもりで 
単に自分が認めたくない醜いもの、嫌なもの、波動の低いものを排斥してるだけの 
段階だと思う。 
まあ全員が一度は通る道だから今はそれで全然いいんだけどね。 
 
その先(分裂した魂やカルマ、行動、物理的現象は”時系列上ですら”全く存在せず 
存在するのは我ただ一人であると悟る段階)があるから 
頭の隅にでも置いておいて、いつか優劣のゲームに飽きたら思い出すといいよ 
 
ちなみに早めに思い出したい人は 
我と他者の全てを夢見てる真我がいて、それが本当の自分だと意識するといいよ 
我だけでも他者だけでもないよ、全部だよ。そして真我以外の我と他者の全ては夢だよ。 
だから優劣が無いんだよ。よろしくね。
 
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338 :本当にあった怖い名無し:2008/12/08(月) 23:20:29 ID:5mZMP45b0
道教の道徳経 
第十三章 
 名誉と不名誉は我々を興奮させる。 
 つまり、我々は苦しみを自己にもつからである。 
 大きな苦しみをもつ理由はただ自己を有することによる。 
 自己を有しなければ、どこに苦しみがあろうか。 
 自己と世界とを同一にすれば、そのとき、自己の中に世界はある。 
 自己を愛するように世界を愛するならば、そのとき、自己の中に世界はある。
 
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391 :384:2008/12/10(水) 01:52:27 ID:wDzNJ/iaO
>>387まぁブッダの言葉を丸呑みしたからといって、苦しみがないと言えば嘘になるね。私には我もあるし。 
でも私自身は彼岸のものさしが真理だと思ってるし、何より心の拠り所にもしてる。 
私の悩みは実際それで解決できるものだし、ただ悩むとするなら、尚且つそれでもまだ
自分に乗っかってる自分の我や欲に苦しみます。 
 
>>388うん、あくまで楽と苦のどちらにも極端に寄らない、けれども苦の本質は見極める、
それがブッダの進んだ「中道」なんだと思う。 
 
このスレに仏教の精神を理解している人がいてちょっとビックリしたよ。
このスレにおいてはっきり言えるのは、彼岸の世界を此岸のものさしでもって討論するなら
誰かが言ってた「思考の罠」に悪戯に陥るだけだろうね。 何万年討論しようと答えは出ない。 
また此岸のものさししか理解できない者にとっては、彼岸のものさしは完全に狂っていて
ブッダやキリストの教えも「人間じゃないキ〇ガイ」としか思えない。 
だから人間は欲に生きるしかないという結論に至り、またその上で神・悟り・真理を語るから
いつまでたっても水掛け論から抜け出せない。 
もしくは此岸のものさしによって自ら作り出した誤った神を思い、
救ってくれない事を嘆き、神・悟り・真理を恨む。 
 
これに注意しないと、私達人間はいつまでも同じ過ちを繰り返すという事ぐらいは、
いい加減理解しないといけない。 
 
※携帯からだから誤字脱語があったらごめんね。
 
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401 :本当にあった怖い名無し[]:2009/12/25(金) 18:16:58 ID:rllIuzFn0
 
一全・全一は一つの真理だと思うし、「木を見て森を見ず」との揶揄もわかる反面、
木が集まって森に成ってるのも事実 
 
ミクロが集まった結果できるマクロは性質がまるで違う場合もある 
大事なのは違いを拒否する事ではなく、理解する事であり、必要と場合に応じて
正しい運 用が出来る事なんだろうと思う 
 
そしてその多くの情報(学習する機会)を与えてくれる世界(含む他人)が好きだし、
同時に煩わしくもある。。。 
 
一見相反する矛盾が混在するのに、それが破綻無く現実に両立してるこの世界は、
ホントに良く出来てるとつくづく思う 
 
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955 :本当にあった怖い名無し:2010/02/01(月) 18:46:02 ID:SXBTMvzj0
 
「人に優しい」と言うのは、「人から優しくされる事を望む事」では無い、 
それだと痛みどんどん弱くなり、いずれどんなに小さな痛みにも耐えられ無くなる 
そして必ず「歪む」 
 
「自分がどれだけ人に優しく出来る」かを競うべきであり、誇るべきプライド 
とすべきなんだよ 
 
望んで痛みを求める必要はまるで無い、でも「避けられない痛み」を背負って 
いようと、他人に笑顔を振りまける人間であって欲しい なぁ。。。 
 
(その上で「自力」で自分の痛みを和らげたり、痛みの原因を解消する方法を「考え出す」 
 智慧があると最良なんだけどw
 
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220 :本当にあった怖い名無し:2010/04/12(月) 16:19:48 ID:YNEscj+20
>>217 
すべてを受け入れること=NOと言わないこと 
という理解であればそれは間違っているかと。 
言語化するのが難しいですが、 
NOと言っている自分を受け入れるという感じかな。
 
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22 :本当にあった怖い名無し:2010/07/12(月) 20:46:57 ID:HAWuvVSE0
>>11 
そうそうw危ない人が独り言ような姿が想像(妄想)できるだろw 
物質・知覚の世界に居る存在は、本当は互いの存在を妄想している。自分の姿でさえも妄想しているんだよ。 
 
時間が直線じゃないの説明は、平面にしたら周波数のようなものとしたほうがいいか。 
X軸では真っ直ぐ進んでいる。しかしY軸では一定の幅を入ったり来たりしてるだけ。 
立体的に把握するならば、メビウスの輪が丁度いい。「数回の失敗」というのは、輪が動いていない状態。 
今回の成功例はそのメビウスの輪にある動きが生じさせるイメージ。 
文章力弱いから、理解したい人は頑張ってね。 
 
相手の妄想を自分の中で妄想して、思考せずにそれを否定しても大して意味はない。 
「信者」に否定されても賛同されても本質になんの影響も与えられないからw 
 
なんか、あれのようだな。「地球は平面じゃなくて球体」って言った奴。 
時間についてのこの考えは、知覚的な実証が絶対視されるこの世界じゃ到底受け入れられんがw
 
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102 :本当にあった怖い名無し:2010/07/13(火) 21:26:15 ID:4TmxpuiL0
>>46 
体験談とかですかね? 
「自分の発言に引力を持たせよう」というのが嫌いというか、まぁ自分にとってはそれが駄目なんでどうにも。 
私のレスは全て、「ただの道具・考え方・妄想」というのを念頭に置いてください。 
 
私がタバコを辞めたときの話でも。 
 
タバコ辞めた。 
吸いたくなった。 
「ああ、今吸いたいんだな。」吸いたいという欲求を、憑依霊のようにイメージし、さいならする。 
他の欲求に目を向ける。 
吸いたい衝動が収まる。 
吸いたい衝動が来てたことを忘れる。 
 
↑これを、憑依霊が襲ってくるたびに「さいなら」する。「これだけ我慢した!」とかじゃなくて、来るたびに「さいなら」 
 
人付き合いでも同じこと。怒りながら話してくる人と微笑みながら話してくる人。 
怒りながら話す人はムカツクでしょう? 
しかし、社会生活を営む上で避けられないことが出てくる。 
「タバコ」「吸いたい」を「怒り」だとか「ムカツク」だとかに置き換えて読む。 
嫌な感情を手放しましょ。 
一体化がどうのこうの、選別がどうの思考がどうのってのは、単純にこれをやってればいい。 
 
感情・衝動・欲求は、個の人間が活動するのに必要なエネルギー。しかし、それに同調しすぎると様々な障害が出てくる。 
子供を壁に投げつけて殺したり、引きこもりが親を殺したりする。
 
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108 :本当にあった怖い名無し:2010/07/13(火) 21:53:56 ID:4TmxpuiL0
>>105 
かなり私の主観のまんま書いてしまってた。 
 
家庭問題で立ててみよう。 
引きこもりに対して親が怒る。 
「あんたのような仕事もしない社会のゴミを養う為に私達は働いてるんじゃないだからね!」 
引きこもり、「いい加減働いて欲しい」という両親の思いと同時に、強い語気や「社会のゴミ」という侮辱の言葉を受け取る。 
 
本質は前者なのに、感情面が優先して後者を優先して心を占める。 
結果、前者を感知せず、後者のみをフォーカスして相手の「怒」の部分に反応する。 
 
ムカついた。 
殺したくなった。 
「ああ、今殺したいんだな。」殺したいという欲求を、憑依霊のようにイメージし、さいならする。 
他の欲求に目を向ける。 
殺したい衝動が収まる。 
殺したい衝動が来てたことを忘れる。 
 
ちょっと大げさだったかな。でも、或る特定の人たちはこういうことしてるはずだよ。
 
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937 :本当にあった怖い名無し:2010/07/24(土) 01:13:03 ID:Nva3cS5O0
>>875 
真に受けてるわけではないんだけど一応。 
んーとな、高次元に精神の波長が合うってのは悟りを目指す立場から言えば 
「魔境」じゃないかな?と思う。 
むしろ悟り(最終的なものではない)は「高次元と精神の波長が合った」と思って 
もそれをスルーできるところが第一段階だと思う。
 
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990 :本当にあった怖い名無し:2010/07/25(日) 08:05:31 ID:WeiU/uNO0
>>988 
ふむ。「嘘だ」と思うならスルーすればいいよ。私自身も未だに絶対視してない部分が多々有るし。 
だから今まで、あえて「妄想」だの「思考ゲーム」だの「仮定」だのと書いてあるのにw 
>>22の8・9行目を読んでください。 
 
しかし、>>987に噛み付いてくれる人が出てきて良かった。妄信(肯定・否定両方)する馬鹿はいらないしw 
 
前スレの「馬鹿」連呼のちょっと前あたりからか。 
時間だの葛藤だのだらだら書いてきたけど、もう大体ここで垂れ流すのも必要なくなったっぽい。 
「生産性のベクトル」を意識して、真っ当に思考する因子がちらほら出てきてるし。 
 
思考ゲームでの辻褄合わせも骨組みはほとんど終わって、あとはこの先を妄想するくらいしか書くことなくなった。 
あんま居ないと思うけど、『「257」の人が書いたのなら信じる』っていう人は止めてね。 
そういうのが一番鬱陶しいし、救いようがないから。
 
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996 :本当にあった怖い名無し:2010/07/25(日) 10:07:34 ID:7rbSCY1Y0
>>995 
面白いね、アンカー付けずに書くと、関連するカルマがある人が 
反応してくるから。そこから先は、その反応した人がどう対処するかで、 
そのカルマの解消につながったりするし、よけいにカルマを悪化させたりもする。
 
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755 :本当にあった怖い名無し:2010/09/02(木) 22:23:47 ID:KCoZufAX0
宇宙って精神分裂した巨大な魂の壮大な自己満足の為にあるんだね。 
 
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※↓この人は説明がとても上手く同意ですが、言葉が少々足りない気がする。私なら
  「物質界ならび精神に対して」と付け加えたい。そして最後に
  「必ずしも働きかける必要性はないけれど」とも。
 
511 :自治スレでローカルルール他を議論中:2010/10/20(水) 18:17:18 ID:xS1WJEMP0
>>508 
自分が現実(この世の全ての出来事・存在に対して 
自分が抱いている実体の無い認識) 
を構成する主人公であることに気づいて、物質界に 
対して能動的に働きかけることができるようになること。
 
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486 :本当にあった怖い名無し[sage]:2010/12/06(月) 14:13:06 ID:7xKc3Ua70
つい長くなってしまったが、言いたかったのは、あなたは自我を判別しようとするよりも、 
無駄に思考しないで無心でしっかり気付いてる状態(人と居る時は必要な思考は必須、 
ただボケてる状態は不可w)とハート主体の生き方を大切にしたらいいんじゃないかってこと。 
それだけで覚醒に向かう人はいる。その上でもし興味があれば探求、瞑想などをね。 
気づきが確立されてくれば、マインドを使ってる瞬間にそれを無判断に見ている意識(観照意識) 
を感じるはず。自我と戦ったり押さえつけたりする姿勢は禁物(戦うのは自我の性質だから)。 
 
これらの努力もすべて欲望からくるのであり自我の働きだが、純粋さがあればOK。 
途中からその欲望も小さくなって、それでも覚醒に向けて勝手に進行しだす地点があるらしい。 
覚者曰く、「自我が真我に出会うことは決してない。自我は消え去ることが出来るだけだ。 
そのとき真我である自分はずっとそこに居たことを思い出す。自我は幻想だった。」となる。 
いや偉そうなこと言ってるけど、俺もまだまだ実践は初心者の段階なんだけどね。 
でも理屈はそれほど間違ってないかと思う(要確認w)。長文スマン。 
 
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298 :本当にあった怖い名無し[sage]:2011/09/03(土) 17:55:44.30 ID:Z/M10xlU0
コントロールしなくちゃいけない義務感に駆られる必要は一切ない 
空を生きてない人が人を救おうとすると 
自我が強化されて相手と同じ争いのループに取り込まれる 
そして空を生きてる人は他人に生き方について質問しない
 
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